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シルウェステル3世 (ローマ教皇) : ウィキペディア日本語版 | シルウェステル3世 (ローマ教皇)[しるうぇすてる3せい]
シルウェステル3世(Silvester III、生年不詳 - 1063年10月?)はローマ教皇(在位1045年1月20日 - 1045年3月?)。ローマ生まれ。実名はクレッシェンツィ・オッタヴィアーニのヨハネス ''Ioannes Crescenzi Ottaviani''。 先代の教皇ベネディクトゥス9世がローマを放逐された1044年、激しくそして長期の内輪揉めを経て、1045年1月にサビーナ司教であったヨハネスが教皇に選出されシルウェステル3世を名乗ることとなる。シルウェステル3世は賄賂によって教皇に選ばれたと後世非難されたが、その証拠は確認されていない。 ヨハネスがシルウェステル3世に就任して間もなく、ベネディクトゥス9世はシルウェステル3世の破門を発布し、3カ月以内にローマに帰還。そしてローマからヨハネスを追放した。そのヨハネスはサビーナに戻って司教職に再任した。 およそ2年後の1046年12月に神聖ローマ皇帝ハインリヒ3世によって開催されたストリ教会会議では、ヨハネスの司教職と司祭職の剥奪、および修道院送致が決定された。しかし、この処罰が延期されたことは明らかとなっている。というのもヨハネスがサビーナの司教であったという1062年までの記録が残っているからである。ヨハネスの後任の司教は1063年10月に就任したとの史料もあり、そこではヨハネスの死去に伴う後任であると記載されている。 多くの人がシルウェステル3世を対立教皇と見做す意見が存在するが、バチカンの歴代教皇の一覧には正式な教皇として名を連ねており、在位は1046年とされているという。
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